静かに揺れるブドウの葉が秘める、美容と健康へのやさしい力

はじめに:静かに揺れる葉に秘められた力

私たちが「ブドウ」と聞いて思い浮かべるのは、甘くみずみずしい果実や、グラスに注がれたワインかもしれません。しかし実は、この植物にとって重要なもうひとつの部分、ブドウの葉(Vitis vinifera)には、健康に役立つさまざまな生理活性化合物(bioactive compounds)が含まれており、近年注目を集めています。

この解説では、最新の複数の研究成果をもとに、「ブドウの葉がなぜ健康に良いとされているのか」「どのような成分が含まれているのか」、そして「スキンケアや生活習慣病の予防などにどのような可能性があるのか」を、丁寧な言葉で、しかし専門的な正確さを保ちながらお伝えいたします。

難しい用語には、わかりやすい説明を添えながら進めてまいりますので、日々の健康に関心のある皆さまはもちろん、研究を始めたばかりの専門家の方や、化粧品開発・栄養学に携わる技術者の方にとっても、基礎資料としてご活用いただける内容を目指します。

ブドウの葉とは何か? そして、なぜ注目されているのか?

植物としての背景と伝統的な用途

ブドウの葉は、学名 Vitis vinifera(ヴィティス・ヴィニフェラ)と呼ばれる、世界中で最も広く栽培されているブドウ種の植物から採れます。果実やワインが主な利用目的として知られていますが、葉にも長い伝統的な使用の歴史があります。

たとえば、地中海や中東の料理では、「ドルマ(Dolma)」という料理に使われます。これは、ブドウの葉でお米や香草、時にはひき肉を包み、煮込んだもので、独特の風味と香りが親しまれています。

また民間療法では、止血作用(hemostatic effects)や収斂作用(astringent effects:皮膚や粘膜を引き締める作用)があるとして、下痢や月経過多、静脈瘤による脚のむくみの緩和などに用いられてきました。

ブドウの葉に含まれる栄養成分と化学構成

栄養価の高い低カロリー食品

ブドウの葉は非常に低カロリーでありながら、栄養素が豊富です。たとえば、約30グラム(1カップ程度)の葉には、およそ13キロカロリーしか含まれていません。それにもかかわらず、以下のような大切な栄養素を含んでいます:

  • 食物繊維(約1.5グラム):腸内環境の改善や血糖値の安定化に役立ちます。
  • ビタミン類:ビタミンA(目と免疫機能を守る)、ビタミンC(鉄分の吸収を助ける)、ビタミンK(血液の凝固と骨の健康に必要)。
  • ミネラル類:カルシウム、鉄、マグネシウム、カリウムなど。

また、ブドウ果汁やワインとは異なり、糖分やアルコールを含まないため、糖尿病の方にも安心して利用できる食品素材と言えるでしょう。

注目されるポリフェノールとは何か?

ポリフェノールの定義と働き

ブドウの葉が健康に良いとされる最大の理由は、ポリフェノール(polyphenols)という化合物を多く含んでいる点にあります。

ポリフェノールとは、植物が外的ストレス(紫外線や病原菌など)に対して作り出す二次代謝産物(secondary metabolites)で、抗酸化作用(antioxidant activity)が強いことで知られています。抗酸化作用とは、細胞を傷つける活性酸素(reactive oxygen species、ROS)を中和する働きです。

ブドウの葉に含まれる主なポリフェノールの種類には、以下のようなものがあります:

  • フラボノイド(Flavonoids):クエルセチン(quercetin)、ミリセチン(myricetin)、カテキン(catechin)など。
  • フェノール酸(Phenolic acids):カフェ酸(caffeic acid)、没食子酸(gallic acid)など。
  • アントシアニン(Anthocyanins):赤や紫の色素成分。葉の静脈部分に多く含まれます。
  • スチルベン類(Stilbenes):レスベラトロール(resveratrol)が代表例。
  • タンニン(Tannins):抗酸化・抗菌性をもつ化合物群。

葉の部位による成分の違い

研究によると、ブドウの葉の中でも、「葉身(blade)」と「葉脈(vein)」とで含まれる成分の種類と量が異なります。

  • 葉身:全体的なポリフェノール量やプロアントシアニジン(proanthocyanidins、別名:凝縮型タンニン)が多く含まれます。
  • 葉脈:アントシアニン(anthocyanins)が多く、紫外線などに対する植物自身の防御に使われていると考えられます。

ブドウ葉ポリフェノールの健康効果

1. 肌の美白と色素沈着の改善

メラニンという色素が過剰に作られると、「色素沈着(しきそちんちゃく)」と呼ばれる肌の黒ずみやシミが起こります。これは、紫外線、炎症、ホルモンの変動などが原因となります。

このメラニンを作る中心的な酵素がチロシナーゼ(Tyrosinase)です。ブドウの葉に含まれる特定のフラボノイドは、この酵素の働きを抑えることが分かっています。

実際、23種のブドウ品種(イスラエル産12種、ヨーロッパ産11種)から抽出した葉の成分を比較した研究では:

  • イスラエルの白ブドウ品種(例:ダルウィシ、ニツァン3)が特にチロシナーゼ阻害作用に優れ、70%以上の抑制を示しました。
  • 全体のポリフェノール量(TPC)とチロシナーゼ抑制作用には明確な相関がなく、特定の化合物(例:HPLC分析で特定された「ピーク17」)が重要である可能性が示唆されています。

これらの結果は実験室レベル(in vitro)でのものであり、人の肌での有効性については今後の臨床研究が求められます。

2. 自然な日焼け止め効果(SPF)

SPF(Sun Protection Factor)は、紫外線B(UVB)による日焼けを防ぐ効果を示す指標です。ブドウ葉抽出物の中には、SPF値が高く、天然のUV吸収作用をもつものもあります。

  • イスラエル品種では最大SPF37(1.5mg/mL濃度)を記録。
  • シリア品種(ヘルワーニ、ファイタモニなど)でもSPF25~29と高水準でした。

ポリフェノール量とSPFには強い相関があり、UVを吸収する芳香環構造(aromatic rings)をもつポリフェノールが作用していると考えられます。

3. 抗酸化作用

DPPHというフリーラジカルを使った試験では、ブドウ葉の抽出物が高い抗酸化能を示しました。

  • シリア品種ファイタモニのIC₅₀は0.12 mg/mLと、非常に高い活性を示しています。

この抗酸化作用は、クエルセチン、カテキン、カフェ酸などのポリフェノールによって実現されていると考えられます。

4. 抗炎症および血管機能のサポート

胃上皮細胞を用いた実験では、TNFによって誘導される炎症性サイトカインIL-8の産生を、ブドウ葉抽出物が抑えることが確認されました。この効果は、主にクエルセチンの配糖体によるものと考えられています。

また、血管の健康に関する研究では:

  • ブドウ葉抽出物がコレステロール値を下げ、
  • 一酸化窒素(NO)の産生を増やして血管を拡げ、
  • 慢性静脈不全の症状(脚のむくみ、重だるさ)を改善する効果が報告されています。

5. 安全性と実用性

これまでの研究では、ブドウの葉の摂取や外用に大きな副作用は報告されていません。実際、24週間の連続使用でも安全とされています。ただし、極端な大量摂取は、まれに胃腸の不快感を引き起こすことがあります。

ブドウにアレルギーのある方は注意が必要です。また、妊娠中・授乳中の方や、持病のある方は医師や薬剤師と相談のうえで使用するのが安心です。

環境と持続可能性の観点から

ブドウの葉は、通常ワイン製造のために剪定された際に廃棄される副産物ですが、今後は価値ある資源として再評価される可能性があります。化粧品原料やサプリメント原料として活用することで、廃棄物削減と機能性素材の供給の両立が期待されます。

また、ポリフェノールは不安定で水に溶けにくいという課題があるため、リポソームやナノ粒子などの最新のカプセル化技術(encapsulation technology)が開発されています。これにより、肌への浸透力や吸収効率が高まり、効果的なスキンケア製品への応用が現実味を帯びています。

おわりに:静かなる葉の、大きな可能性

果実やワインに注目が集まるブドウですが、その「葉」には、実は肌の健康、血管の保護、抗酸化・抗炎症作用といった多様な可能性が秘められています。

もちろん、これらの効果の多くは現在のところ実験室レベルや動物実験での報告にとどまっており、人間を対象とした臨床研究が今後の課題です。しかし、これまで捨てられてきた葉が、ナチュラルかつサステナブルな健康資源として私たちの生活に再登場する日も近いかもしれません。

科学が優しく日常に寄り添う時代において、ブドウの葉が果たす役割に、そっと目を向けてみてはいかがでしょうか。

言葉のやさしいメモ:内容を補うために、いくつかの用語を簡単にまとめました。

ブドウの葉(Grape Leaves)
ブドウの実ではなく、植物の葉の部分のことです。地中海の料理や民間療法で昔から使われており、近年は健康や美容の分野でも注目されています。

ポリフェノール(Polyphenols)
植物が自分を守るために作り出す天然の成分です。体の中で「さびつき(酸化)」を防ぐはたらきがあり、研究では肌や血管を守る可能性があるとされています。

抗酸化作用(Antioxidant Activity)
体の中で発生する「活性酸素(かっせいさんそ)」という不安定な物質をおだやかにする力のことです。これにより細胞が傷みにくくなると考えられています。

活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)
呼吸や紫外線などで自然にできる物質ですが、増えすぎると細胞を傷つけてしまうことがあります。体内のバランスが大切です。

フラボノイド(Flavonoids)
ポリフェノールの一種で、色や香り、植物の防御に関係しています。クエルセチンやカテキンなどがこの仲間で、健康研究でよく使われます。

クエルセチン(Quercetin)
タマネギやそばにも含まれる成分で、炎症をおさえる可能性があると研究されています。ブドウの葉にも含まれています。

アントシアニン(Anthocyanins)
赤や紫の色をもつ成分で、ブドウの皮や葉の静脈に多く含まれています。ポリフェノールの一種で、光から守る働きをしています。

チロシナーゼ(Tyrosinase)
メラニン(肌の色をつくる色素)を作るときに必要な酵素です。これをおさえることで、シミや色素沈着をふせぐ可能性があると考えられています。

色素沈着(Hyperpigmentation)
紫外線やこすれなどでメラニンが増え、肌の一部が黒ずんで見える状態です。よくある肌の悩みの一つですが、完全に消すのはむずかしいため、予防やケアが大切です。

日焼け止め指数(Sun Protection Factor:SPF)
紫外線B(UVB)から肌をどれくらい守れるかを数値で表したものです。値が高いほど、肌が赤くなるまでの時間を長くのばすことができます。

紫外線(Ultraviolet:UV)
太陽の光の中に含まれている見えない光の一種です。肌に長くあたると、シミやシワの原因になります。日焼け止めや帽子などで防ぐことが大切です。

2,2-ジフェニル-1-ピクリルヒドラジル(2,2-Diphenyl-1-picrylhydrazyl:DPPH)
実験で抗酸化力を調べるときに使われる紫色の粉のような物質です。成分がどれくらいこの色をうすくできるかで、抗酸化作用の強さをはかります。

半数阻害濃度(Half Maximal Inhibitory Concentration:IC₅₀)
ある成分が、特定の反応を半分までおさえるのに必要な濃さ(濃度)を示す数値です。数字が小さいほど、少ない量で作用が強いことを意味します。

高速液体クロマトグラフィー(High-Performance Liquid Chromatography:HPLC)
成分を細かく分けて調べるための実験方法です。ブドウの葉の中に含まれる成分を細かく調べるために使われます。

炎症(Inflammation)
体が傷ついたり、異物に反応したときにおこる防御反応です。赤くなる・腫れる・熱をもつなどの症状が出ます。慢性的に続くと病気の原因になることもあります。

一酸化窒素(Nitric Oxide:NO)
血管をゆるめて血の流れをよくする働きがあります。体の中で自然に作られ、血圧の調整などに関係しています。

慢性静脈不全(Chronic Venous Insufficiency)
足の静脈の血流が悪くなり、むくみや重だるさを感じる状態です。赤ワインの葉の抽出物が、脚のむくみをやわらげることがあると報告されています。

カプセル化技術(Encapsulation Technology)
水に溶けにくかったり不安定な成分を、小さな粒に包んで守る方法です。こうすることで、肌や体の中に届けやすくなります。

臨床研究(Clinical Trial)
人を対象に行う研究で、安全性や効果が本当にあるかどうかを確かめる大切なステップです。実験室だけの結果では、実際の人の体でどうなるかはわかりません。

安全性(Safety)
使ったときに体にとって害がないかどうか、という意味です。今までの研究ではブドウの葉は比較的安全とされていますが、人によって体質は異なります。

副作用(Side Effect)
本来の目的とは別にあらわれる体の変化のことです。軽いお腹の不調などが報告されることがありますが、多くは一時的で重くありません。

アレルギー(Allergy)
ある特定の物質に対して体が過敏に反応してしまうことです。ブドウにアレルギーがある方は、葉でも反応が出ることがあるため、使用前に注意が必要です。

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