セイヨウサンザシ(Crataegus monogyna・C. laevigata)とお肌の健康──老化・炎症・酸化ストレスとの関係をやさしく解説
はじめに──なぜ「サンザシ」が注目されているのでしょうか?
セイヨウサンザシ(英名:hawthorn、学名:Crataegus monogyna または Crataegus laevigata)は、バラ科に属するとげのある低木で、白やピンクの小さな花と赤い果実をつけます。古くからヨーロッパやアジアの一部地域で、主に心臓の健康を守る薬草として用いられてきました。最近では、この植物が持つ抗酸化作用(oxidative stress protection)や抗炎症作用(anti-inflammatory effects)に注目が集まり、お肌の老化や炎症、紫外線によるダメージ(いわゆる「光老化」)との関連についても研究が進められています。
本記事では、セイヨウサンザシおよびその近縁種に関する最新の科学的研究をご紹介しながら、肌と健康にどのような可能性があるのかを、専門家にも、患者さんや一般の方にもわかりやすくお伝えいたします。
サンザシの基本情報と伝統的な使い方
サンザシは、温帯地域を中心に世界中に自生している植物です。学名としては、Crataegus monogyna(ヨーロッパサンザシ)や Crataegus laevigata(ミッドランド・ホーソン)がよく知られています。また、これらに似た分類として Crataegus oxyacantha という古い学名もあります。
伝統的には、心不全(心臓が十分な血液を体内に送り出せなくなる病気)や不整脈、狭心症などの心臓疾患の補助療法として利用されてきました。現在では、不安感や血圧の調整、消化器系の不調などにも応用されています。
ただし、現代の科学的な評価においては、その効果に関して研究結果が分かれており、特に心不全に対しては「効果がある」とする短期的な研究もあれば、「有効性は確認できなかった」とする研究もあります。また、一部の研究では、従来の心不全治療に加えてサンザシを使用したところ、逆に病状の進行リスクが高まった可能性があると指摘されています。このように、使用には慎重な判断が必要です。
安全性についても、多くの研究では深刻な副作用は報告されていませんが、めまいや吐き気、胃腸障害などが出ることがあり、一部の心臓薬との併用によって有害な相互作用が起こることが示唆されています。
お肌と老化:なぜ酸化ストレスや炎症が問題なのか?
皮膚の老化は、「自然な老化(intrinsic aging)」と「環境による老化(extrinsic aging)」の2つの影響を受けます。自然な老化は年齢とともに起こる変化で、肌の水分量の減少、コラーゲンの減少、シワの形成などがあります。一方で、紫外線(UV)、大気汚染、喫煙、ストレスなどが引き金となって起こるのが「光老化(photoaging)」です。
これらのプロセスに深く関わっているのが、「酸化ストレス(oxidative stress)」です。これは体内で過剰に発生した「活性酸素種(ROS: Reactive Oxygen Species)」や「活性窒素種(RNS: Reactive Nitrogen Species)」によって、細胞やDNA、タンパク質が傷つけられる状態を指します。これが慢性的に続くと、肌の老化や炎症だけでなく、がんや糖尿病、神経疾患などのリスクも高まります。
セイヨウサンザシの活性成分と作用機序
サンザシの果実や葉には、以下のような生理活性物質が含まれています。
- フラボノイド(Flavonoids):クエルセチン(quercetin)、ビテキシン(vitexin)、アピゲニン(apigenin)、ルテオリン(luteolin)など
- フェノール酸(Phenolic acids):クロロゲン酸(chlorogenic acid)
- プロアントシアニジン(OPCs: Oligomeric Proanthocyanidins):強力な抗酸化物質として知られ、コラーゲンを安定させる働きもあります
- その他:ナリンゲニン(naringenin)などのポリフェノール系成分
これらの成分は、細胞内の抗酸化経路(たとえばNrf2–Keap1–ARE系)を活性化したり、炎症性サイトカインの発現を抑制したりすることで、酸化ストレスから細胞を守り、組織の老化を遅らせる可能性があります。
お肌への効果:近年の研究からわかってきたこと
Crataegus laevigata(C.ラエビガタ)による皮膚炎症の抑制
2025年に発表された細胞レベルの研究では、ヒトの表皮角化細胞(HaCaT細胞)を用いて、C.ラエビガタの果実エキス(CLE)の効果が検証されました。
この研究では、細胞にリポ多糖(LPS)という炎症誘導物質を加えた後、CLEを投与したところ、以下のような効果が確認されました:
- 細胞内の活性酸素(ROS)量を40%以上減少
- MAPK/AP-1経路の抑制(p38、ERK、JNKなどのリン酸化を減少)
- NFκB経路の抑制(炎症性転写因子の活性を低下)
- NFAT経路の制御(炎症遺伝子COX-2やTNF-αの発現を減少)
このように、CLEはステロイド薬(デキサメタゾン)や免疫抑制剤(タクロリムス)と同等、あるいはそれ以上の抗炎症効果を示し、副作用のリスクが低い天然物質として注目されています。
補足:この研究では「光老化」や「加齢そのもの」は直接扱っておらず、「炎症応答の制御」という観点からの知見です。
Crataegus pinnatifida(C.ピンナティフィダ)の経口摂取による人への影響
韓国の研究チームが行った臨床試験(2025年)では、41人の成人を対象に、900mg/日のC.ピンナティフィダ果実パウダーを6ヶ月間摂取してもらい、顔の肌の状態や白血球のテロメア長(TL: telomere length)を調べました。
結果として、
- 水分量が有意に増加(コーエンのd = 0.57)
- ある特定の遺伝子型(TERT遺伝子のrs2853669-AA)を持つ人では、シワが減少
- 水分量の改善とテロメア長の延長に相関関係がある(ρ = 0.36)
ことが示されました。
注意:この研究で使われたのは、C. pinnatifida であり、C. monogyna や C. laevigata ではありません。
Crataegus monogyna(C.モノギナ)による酵素阻害活性
2022年の研究では、C.モノギナ果実のエタノール抽出物が、カテプシンS(Cathepsin S)という酵素の働きを最大71.7%抑制することが明らかになりました。この酵素は、皮膚や血管のコラーゲン分解、炎症促進などに関与しており、その抑制は老化予防や組織保護に役立つと考えられています。
この効果は水抽出物では確認されておらず、抽出方法の違いによって活性成分の含有量が変わることも重要なポイントです。
科学文献レビューにおける評価と注意点
2025年に発表された総説論文では、バラ科植物(Rosaceae)の皮膚疾患に対する可能性について広範囲にまとめられており、その中でCrataegus monogynaやC. laevigataも抗炎症効果の報告が紹介されています。とくに、C-グリコシル型フラボンによって、TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインが抑制され、IL-10のような抗炎症性サイトカインが増加したことが述べられています。
しかし、この論文はレビュー(文献整理)であり、これらの効果はすべて過去の研究報告に基づいたもので、新たな実験は行われていません。
おわりに──セイヨウサンザシの皮膚応用は「これから」に期待
現在までに得られているエビデンスから見ると、セイヨウサンザシ(Crataegus monogynaやC. laevigata)およびその近縁種には、抗酸化・抗炎症作用を通じて、皮膚の健康や老化予防に役立つ可能性があります。ただし、人での臨床データはまだ限られており、とくに「光老化」や「しみ・シワ」などの具体的な症状に対する効果を明確に証明した研究は今のところ多くありません。
それでも、細胞や動物レベルの研究では着実に科学的な根拠が積み重なっており、今後、外用剤(クリームなど)や経口サプリメントとしての開発が進めば、安全性と効果の両立が期待される有望な植物素材のひとつです。
ご注意ください:
薬を服用中の方、妊娠中・授乳中の方、持病のある方は、セイヨウサンザシ製品を使用する前に、必ず医療従事者と相談してください。薬草であっても、薬との相互作用や副作用のリスクはゼロではありません。
言葉のやさしいメモ:内容を補うために、いくつかの用語を簡単にまとめました
セイヨウサンザシ(hawthorn)
バラ科の植物で、小さな花と赤い実をつけます。古くから心臓の健康のために使われてきた薬草ですが、最近ではお肌への働きも注目されています。活性酸素(Reactive Oxygen Species/ROS)
体の中で自然にできる酸素の一種で、量が多くなると細胞やお肌を傷つけることがあります。ストレスや紫外線、タバコなどが増える原因になります。酸化ストレス(oxidative stress)
活性酸素が体の中で多くなりすぎて、細胞がうまく守れなくなった状態です。これが続くと、老化や病気のリスクが高まることがあります。抗酸化作用(antioxidant effect)
体の中で活性酸素の働きをおさえる力のことです。サンザシなどの植物には、このような働きをもつ成分が含まれています。炎症(inflammation)
体が細菌や傷に反応して起こす自然な防御反応ですが、長く続くと逆に体にダメージを与えることもあります。お肌の赤みやかゆみも炎症の一種です。抗炎症作用(anti-inflammatory effect)
炎症の広がりや強さをやわらげる働きのことです。薬だけでなく、植物の成分にもこうした働きを持つものがあります。光老化(photoaging)
紫外線(UV)を長い間浴びることで起こる、お肌の早めの老化です。シワ、しみ、たるみなどがあらわれやすくなります。テロメア(telomere)
染色体の先にある「キャップ」のような部分で、細胞の年齢をはかる目安にもなります。テロメアが短くなると、細胞の老化が進むと言われています。白血球(leukocyte)
体の中でウイルスや細菌から守ってくれる免疫細胞の一つです。健康や老化の研究でもよく使われる細胞です。テロメラーゼ逆転写酵素(Telomerase Reverse Transcriptase/TERT)
テロメアを作り直すために必要なたんぱく質をつくる遺伝子です。この働きに個人差があると、老化や肌の変化にも影響が出ることがあります。フラボノイド(flavonoids)
植物に含まれる色素や香りの成分の一種で、抗酸化や抗炎症の働きがあるとされています。サンザシにはこの成分が多く含まれます。プロアントシアニジン(oligomeric proanthocyanidins/OPCs)
強い抗酸化力をもつ植物由来の成分で、コラーゲンを守る働きがあるとも言われています。サンザシ、ブドウの種、緑茶などにも含まれます。MAPK経路(MAPK pathway)
細胞が外からの刺激にどう反応するかを決める大切な仕組みです。ストレスや炎症が起きたときに、この経路が活発になります。NF-κB(nuclear factor kappa-light-chain-enhancer of activated B cells)
体の中で炎症を起こす遺伝子のスイッチを入れる働きがあります。肌の炎症やアレルギー反応でもよく関わっています。NFAT(nuclear factor of activated T-cells)
炎症や免疫のはたらきに関わるたんぱく質の一つで、肌の炎症やかゆみに関係することもあります。サイトカイン(cytokine)
細胞どうしの「連絡係」のような物質で、体の防御や炎症の調整に関わります。多すぎると炎症が強くなり、少なすぎると防御力が弱まることがあります。IL-6、TNF-α、IL-8など
いずれも炎症を強めるサイトカイン(炎症性サイトカイン)です。肌トラブルや病気の進行に関わることがあります。IL-10
炎症をおさえる働きをもつサイトカイン(抗炎症性サイトカイン)です。体のバランスを保つために大切な役割を持っています。タクロリムス(tacrolimus)
免疫反応をおさえる薬で、アトピー性皮膚炎などにも使われます。ただし、副作用が出ることもあるため、医師の管理が必要です。デキサメタゾン(dexamethasone)
ステロイド薬の一種で、炎症を強力におさえる効果があります。長期使用には注意が必要です。カテプシンS(cathepsin S)
体内のたんぱく質を分解する酵素の一種で、炎症やコラーゲン分解に関係しています。多すぎると、肌の老化や病気の進行を早める可能性があります。IC₅₀(半数阻害濃度)
ある成分が酵素や反応をどのくらいの濃度で半分おさえるかを表す数値です。数字が小さいほど効果が強いという意味になります。
引用文献
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