マンゴスチンと皮膚の健康:ガルシニア・マンゴスティーナとそのキサントン類の基礎知識
はじめに:「果物の女王」マンゴスチン
マンゴスチン(学名:Garcinia mangostana L.)は、主に東南アジア、特にタイで広く栽培されている熱帯果実です。その濃紫色の果皮(ペリカルプ)は、その美味しさのみならず、豊富なバイオアクティブ成分により「果物の女王」とも称され、近年、科学的な注目を集めています。
キサントン類(xanthones)とは?
キサントンは、ポリフェノールに分類される天然の化合物群で、強い抗酸化作用、抗炎症作用、抗菌作用、細胞保護作用が知られています。構造としては、酸素を含む複素環式核の二ベンゾ-γ-ピロン(dibenzo-γ-pyrone)骨格を持ち、2つのベンゼン環(A環およびB環)が中央のカルボニル(CO)と酸素原子でつながっています。
“xanthos”はギリシャ語で「黄色」を意味し、一部のキサントン化合物が黄色い色素であることに由来します。
キサントン類の分布は限定的で、特にClusiaceae科(マンゴスチン属を含む)がプレニル化キサントン(側鎖にイソプレニル基を持つ)が多く含まれる点で特徴的です。これらの構造的な多様性(酸素化単純キサントン、キサントン配糖体、プレニル化キサントン、キサントリグノイド、ビキサントンなど)は、それぞれ異なる生理活性に関係しています。例えば抗酸化・抗菌・抗がん・抗糖尿病作用が報告されています。
α‑マンゴスチン(α‑MG):UVAからのプロテクション
マンゴスチン果皮エタノール抽出物(MPE)には60.9%ものα‑マンゴスチンが含まれています。ヒト真皮線維芽細胞において、MPEは以下のような効果を示しました:
- 強い抗酸化作用:H₂O₂(過酸化水素)で誘導される活性酸素種(ROS)を大幅に抑制。
- 老化細胞の抑制:β‑ガラクトシダーゼ染色法(SA‑β‑gal)による老化細胞の増加を減少。
- コラーゲン構造の保護:MMP‑1(マトリックスメタロプロテアーゼ‑1)の発現を低下させ、プロコラーゲンⅠの生成を増加。
これらから、α‑マンゴスチンはUVAを受けた皮膚の酸化ストレスや細胞外マトリックス(extracellular matrix; ECM)の分解を抑え、真皮構造を守る働きが期待されます。ただし、MAPKやTNF‑αなどのシグナル経路の詳細な検証は、この実験では行われていません。
実験条件の概要
- 抽出法:エタノールマセレーションでペリカルプ抽出
- UVA吸収ピーク:243 nmおよび316 nm
- 毒性試験:50 µg/mLまで細胞毒性なし
- UVA線量:5 J/cm²(細胞死を引き起こさない実用的なレベル)
γ‑マンゴスチン(γ‑MG):UVBからの多重防御
γ‑マンゴスチンは、紫外線B(UVB)を受けたヒト真皮線維芽細胞およびマウスモデルで強力な保護効果が確認されています。α‑およびβ‑マンゴスチンと構造的には類似していますが、より広範な作用機序を示します。
主な効果
- 優れた抗酸化活性:フリーラジカル除去とNRF2‑HO‑1経路の活性化により、α‑・β‑を上回る
- 抗老化・抗炎症作用:MAPK, NF‑κB, AP‑1などの炎症・老化を誘導するシグナル経路を抑制し、MMPによるECM分解を減少
- オートファジー(autophagy)の誘導:mTORの抑制を伴い、LC3‑II, Atg5, Beclin 1が増加し、p62は減少
- 皮膚構成成分の回復:コラーゲン(COL1A1)、エラスチン(ELN)、ヒアルロン酸合成酵素(HAS‑2)の産生上昇、MMP阻害タンパク質TIMP‑1増加
これらの作用はいずれもNRF2活性とオートファジー誘導への依存性が確認されており、これらを阻害するとγ‑マンゴスチンの効果が消失することから、これらの経路が中心的なメカニズムと言えます。
β‑マンゴスチン(β‑MG):選択的オートファジーによる美白作用
β‑マンゴスチンは他のキサントンとは異なり、メラニン生成(メラノジェネシス)に作用します。B16F10というマウスメラノーマ細胞および3Dヒト皮膚モデルで以下の作用が報告されています:
- メラニン生成の抑制:α‑MSH(メラノサイト刺激ホルモン)により誘導されるメラニン合成を抑制
- タイロシナーゼ(黒色素合成酵素)のタンパク質レベルでの低下:遺伝子発現を変えることなく、プロテアソームとは別経路で減少
- オートファジー依存性:メラノソーム(メラニン顆粒)を選択的にオートファジーで分解。電子顕微鏡(TEM)観察でも証明され、ATG5をノックダウン/オートファジー阻害で作用が失われることが確認
このように、β‑マンゴスチンは色素沈着の改善を目的とした化粧品の有望な候補として注目されています。
工業的製造と抽出技術
マンゴスチンペリカルプからキサントンを効率よく抽出する方法は、研究や商業応用において非常に重要です。代表的な技術として:
- マイクロ波支援抽出(Microwave‑Assisted Extraction; MAE):α‑マンゴスチンを120.68 mg/gもの高濃度で抽出可能
- 超臨界流体抽出(Supercritical Fluid Extraction; SFE):CO₂にエタノールを共溶媒として使用し、高純度を得る
- 深共晶溶媒(Deep Eutectic Solvents; DES):環境に優しく、重量で約2.6%の収率を達成
いずれの方法も農業副産物(廃棄果皮)を活用し、バイオエコノミーの推進につながる、スケーラブルな生成を可能にしています。
キサントン類の機能比較
キサントン | ターゲット経路と作用機構 | 試験モデル | 主な効果 |
---|---|---|---|
α‑マンゴスチン | ROS除去、コラーゲン関連分子の調整 | UVA照射ヒト線維芽細胞 | 抗酸化・抗老化 |
γ‑マンゴスチン | NRF2活性化、オートファジー誘導 | UVB照射線維芽細胞・マウス | ECM保護・炎症抑制 |
β‑マンゴスチン | 選択的メラノソームオートファジー | 3D皮膚モデルなど | 美白・色素沈着改善 |
結論と今後の展望
マンゴスチンの果皮は、皮膚科学や化粧品分野において興味深い複数の可能性を秘めています:
- α‑マンゴスチン:UVAストレス下での真皮構造の維持
- γ‑マンゴスチン:UVBによる老化・炎症をNRF2やオートファジー経路によって緩和
- β‑マンゴスチン:メラニン生成を選択的に抑える美白作用
これらはそれぞれ異なる分子機序で作用しており、研究や製品開発における正確なキャラクタリゼーションが不可欠です。将来的には、臨床試験や皮膚への送達技術(リポフィリックなキサントンを届けるためのナノ粒子、クリーム、リポソームなど)、および安全性・動態解析(ADME)に関する詳細な研究が望まれます。
言葉のやさしいメモ: 内容を補うために、いくつかの用語を簡単にまとめました。
マンゴスチン(Mangosteen)
東南アジア原産の熱帯果物で、「果物の女王」とも呼ばれています。果皮(外側の硬い皮)には、健康や美容に役立つ天然成分が豊富に含まれています。
キサントン(Xanthone)
植物やきのこに含まれる天然の化合物で、抗酸化作用や炎症を抑える働きがあります。マンゴスチンの果皮に特に多く含まれています。
紫外線(Ultraviolet; UV)
太陽の光の中でも、目に見えない強いエネルギーを持つ光。UVAとUVBは地上に届き、肌にダメージを与えますが、UVCは通常オゾン層で吸収されます。
UVA(Ultraviolet A)
肌の奥(真皮)まで届く紫外線で、コラーゲンを壊したり、しわやたるみを引き起こしたりします。ガラスも通過するので日常生活でも注意が必要です。
UVB(Ultraviolet B)
肌の表面に強く作用する紫外線で、日焼けやシミの原因になります。DNAを傷つける力もあり、肌の老化やがんのリスクにも関係します。
UVC(Ultraviolet C)
紫外線の中で最も強力ですが、自然界ではオゾン層によって地表には届きません。ただし、人工的なUVC(殺菌用ライトなど)は直接浴びると危険です。
活性酸素(Reactive Oxygen Species; ROS)
体内で自然に発生する酸素の一種で、いわば「細胞をさびさせる物質」。紫外線やストレスで増えすぎると、細胞の老化や病気の原因になります。
抗酸化(Antioxidant)
活性酸素の悪影響を抑えるはたらき。ビタミンCやキサントンなど、抗酸化物質を含む食品や成分が知られています。
細胞老化(Senescence)
細胞が古くなって働かなくなる状態。増殖や修復ができなくなり、肌の弾力やハリが失われる原因になります。
真皮線維芽細胞(Dermal Fibroblast)
肌の奥にある細胞で、コラーゲンやエラスチンなどをつくり、肌の土台を支える重要な役割をしています。
細胞外マトリックス(Extracellular Matrix;
ECM)
細胞の間を埋め、組織を支える「構造の足場」のような存在。コラーゲンやエラスチンなどが含まれ、肌の弾力やなめらかさを保ちます。
コラーゲン(Collagen)
皮ふの弾力や強さを保つたんぱく質。加齢や紫外線により減少し、しわやたるみの原因になります。
マトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix Metalloproteinase;
MMP)
コラーゲンなどを分解する酵素で、肌の再生には必要な面もありますが、過剰に働くと肌の構造をこわす原因になります。
オートファジー(Autophagy)
細胞の中の古くなった部品を自分で分解・再利用する「お掃除システム」。細胞の健康維持や老化の予防に関係しています。
メラニン(Melanin)
紫外線から体を守るために作られる色素。増えすぎるとシミやくすみの原因になります。
メラノソーム(Melanosome)
メラニンを貯める小さな袋のような構造。肌の色をつくる役割があり、美白成分の中にはこれを分解するものもあります。
美白(Depigmentation)
メラニンの生成や蓄積を抑え、肌を明るく見せること。安全性や根拠を確認したうえでの使用が大切です。
NRF2経路(NRF2 Pathway)
体内で抗酸化作用を調整する中心的なシステム。γ‑マンゴスチンはこの経路を活性化することで、細胞を酸化ストレスから守ります。
mTOR(Mechanistic Target of Rapamycin)
細胞の成長やエネルギーの使い方を調整するたんぱく質。オートファジーを抑える働きがあり、mTORの抑制で細胞のメンテナンスが促進されます。
タイロシナーゼ(Tyrosinase)
メラニンをつくるために必要な酵素。これを抑えることで、シミやくすみの改善が期待できます。
電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope;
TEM)
とても細かい細胞の中まで見ることができる特別な顕微鏡。細胞の働きや構造を直接観察するために使われます。
抽出法(Extraction Method)
植物などから有効成分を取り出す方法。マイクロ波や超臨界流体など、効率が良くて環境にやさしい方法も開発されています。
サプリメントや化粧品成分(Supplement / Cosmeceutical
Ingredient)
食品や化粧品に含まれる、健康や美容を目的とした成分。効果や安全性について、科学的な根拠をもとに判断することが大切です。
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